http://www.allnightnippon.com/mobile/2009/09/post-25.html
オールナイトニッポンモバイル ─携帯電話で聴く新時代のオールナイトニッポン─
私が高校の時にニッポン放送の夜時間帯で放映されていた「井手功二とLFクールKのゲルゲットショッキングセンター」。東京ローカルだったこの番組をわざわざ東京から遠く離れた福岡で聴いてました。その当時住んでいた家は山の中腹にあり、周りより高いところに住んでいた為比較的電波が入りやすい環境でした。LF(ニッポン放送)の電波は夕方頃から入り始め、朝8時9時頃まで聴けました。オールナイトニッポンも地元のKBCラジオ(KBCインパックス時代じゃないですよw)ではなくニッポン放送の電波で聴いてたくらいです。日中は車の通りが激しい為どんどん電波が減衰して遠くまで届かないみたいですね。
ゲルゲの写真懐かしいですね。いでっちはこの頃はブランニューモンキーズというバンドでラップをやってました。その後解散し、砂ちゃんこと高砂さんとゲルゲ末期に結成したCHARMY SMILE&GREEN HEADS(後にチャミグリ!)で何枚かシングルを出しました。チャミグリ!も解散し、砂ちゃんはお蕎麦屋さんを始め、いでっちは何だかんだで音楽プロデューサーとなりオーディション番組に審査員として出演したりSMAPに曲を書いたりしています。そう言えば麻績村まゆこにもいでっちは曲書いてましたゲルゲ時代。おみまゆとSMAPが並列に並ぶ経歴の持ち主、それがいでっちこと井手功二です。
クールKはニッポン放送のアナウンサー垣花正のかつてのマイクネームです。この頃のクールKはアナウンサーとしては最低でした。ニッポン放送の社員が率先して下ネタや暴言を電波に垂れまくり、リスナーと電話越しに喧嘩したこともありました。遅刻魔としても知られ、先輩アナウンサー(特に怖い怖い那須さん…あれ、今の番組では那須さんをアシスタントにしてますね垣花さん)から説教されまくっていたことを思い出しました。噛みまくってニュースも読めませんでした。と言うかゲルゲに出入りしていたアナウンサーはクールK、ジャネット山岡(山岡和美、現田所健太郎夫人)、音太(荘口彰久)と揃って問題児だらけでした。今やクールKは朝ワイドを任されるアナウンス室主任、ジャネットは寅さんの息子と結婚、荘口はとくダネ!のキャスターとみんな成長しましたねえ。しかもクールKは声優と結婚しましたよ…本当に羨ましい。
そんなびっくりする素材がびっくりするほど汚れた原石のままやっていたラジオがゲルゲでした。当時のディレクターはソネットに、当時のいでっちのマネージャー(当時いでっちはアミューズ所属だった)もソネットに居るらしいです。あ、そう言えば結構前にそのディレクターがうちのblogにいらっしゃってましたね。
ゲルゲに関しては語りたいことがたくさんあるんですが、まとまりがなくなるのでこの辺で。ゲルゲリスナーだった方は必聴ですよオールナイトニッポンモバイル。しかし何故宮川賢が居るんだ…。
モバイルでゲルゲットショッキングセンターが帰ってきた!
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