架空自転車旅行社「ひとつな」

本業会社員の兼業ブロガーです。興味を持っていることは、キャッシュレスな生活、旅、デジタルガジェット、グルメ、自転車(折りたたみ自転車、ロードバイク)、ライフスタイル(VAPE、文房具など)など。このブログはそんな多趣味なアラフォーの僕、石谷玲(いしやれい)が運営する『じぶんメディア』として、興味を持っている物全てに対して実際に体験したことを全方位で情報発信していく超・雑記ブログです。

ジェフ千葉、悲願の初優勝

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この目でGK立石智紀がPKを止めるところを、巻誠一郎が初優勝を決定するキックを決めるところを見てきました。そのあと市原臨海まで行って優勝報告会にも参加してきました。もう感無量で泣いてしまいました。Jリーグが始まった1993年にジェフ市原(当時)のファンとなり、その後、上位キラーとなるも下位チームにことごとく取りこぼす万年中位クラスのチームとなってしまい、更には下部組織から優秀な人材が出てくるものの名古屋などにその人材をかっさらわれたり、移籍金が発生しないようにわざわざ契約満了を待って海外に飛び出す選手も出たりする有様で、挙げ句の果てにJ1-J2の入れ替えが始まると毎年のように降格圏内から抜け出せず、入れ替え戦で残留を決めたり、最終節で逆転で残留を決めたりと長く不遇の時代を味わいました。
 
ベルデニック監督が来た2001年から事態が変わっていきます。大幅な戦力入れ替えを行い(大幅に抜けたからだけど)、新しく加入した崔や大柴が活躍し、久しぶりに上位に名を連ねると、世界の名将ベングロシュが来期の監督となり(ベルデニック監督までもが引き抜かれたからだけど)そしてベングロシュが体の不調で監督を降りると遂に2003年より現在のイビツァ・オシム体制となります。オシム監督が練習量を倍増させ当時の日本人選手に足りなかったスタミナを鍛えさせ、豊富な運動量で90分相手を圧倒する「走るサッカー」を植え付けました。その結実が昨日の初戴冠だったと思います。何より、ちょっと前のblogでも書いたように、3年間もの間ジェフの監督を引き受けてくれたオシム監督に恩返しするためにもタイトルは必要だったと思います。


こんな日が来ようとは…数年前までは想像もできなかったよ。
 
本音を言うと、J一期組のドンケツ(ノンタイトル)をジェフが取らなくて良かった。